- Since 1889-

伝統と実績

1889

慶應義塾端艇倶楽部を創立

1919

医学部端艇部を創立

Teach Studio NYC

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2013 - 2015

BitBox Pro

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2010 - 2013

Freelance

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About Me

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1905

第1回早慶ボートレース

1932

ロサンゼルス五輪に舵手付フォアを派遣

1934,1941,1948

全日本選手権優勝

Education

2012

UI & UX Course

2011

Print2Digital Course

2009

Royal College of Art

Skills

Photoshop 89%
WordPress 61%
Illustrator 71%
InDesign 50%
Html & CSS 85%

Contact

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黎明期

端艇部は明治22年(1889年)に創設されました。その年におこった出来事といえば、大日本帝国憲法発布、チャールズ・チャップリンの誕生、パリ万博の開催などと正に現代からすれば「歴史上」の時代でした。

当初は大学には体育会も存在せず、もっぱら「倶楽部」として活動が行われていました。
レッドクラブ、大和クラブ、大学ボートクラブがそれぞれ別の団体として活動していましたが、明治32年(1899年)の体育会の誕生とともに「端艇部」としてまとめられました。

 

練習場所

当初艇庫は東京都・芝浦にありました。当時の様子について部OBの谷井一作氏は次の様に述べています。(以下『三田漕艇倶楽部会報』昭和48年4月号より)

「芝浦の艇庫だが、今の国電・田町駅付近で、ちょっと新橋よりにあったように思う。
国鉄・東海道線の線路を越えるとすぐ海があった。その海に面して艇庫はあった。
…(中略)…
練習は品川の海へ出るか、お浜御殿(浜離宮)から新橋へかけての掘割を漕ぎまわるか、時には向島まで隅田川をさかのぼったものだ
芝浦の波打ち際で牡蠣をみつけて食ったこともあったし、両国橋のたもとには水泳場があったように思う。」

これを見ると、当時の東京の風景が今とまったく違ったものであったことが分かります。新橋のすぐそばが海だったり、東京湾に食べられる牡蠣があったり、隅田川で泳げたり。
どれも今の東京になれた私たちには、このことは想像もおよばないことです。このことは谷井氏もこう語っています。

「あれからもう70年が過ぎた。今日このあたり掘割はなくなって地下鉄や高速道路が走っているし、隅田川も品川の海も、臭く汚い東京湾と変わってしまった。悲しくも盛んなる経済大国の繁栄ぶりを見て、感一入である。」