ラストライフ2019はじまるよ

こんにちは、4年の青木です。
ついに回って来ました、ラストライフ。
いざ書こうと思うと何書けば良いのか全然分からない。
ていうかこの件も毎年先輩方が書かれているラストライフの書き出しとほぼ一緒ですね笑

何を書くか迷いましたが、
私はボート部に入ったきっかけからなんとなく書きはじめてみようと思います。

私は3年前の4月、新歓期間の日吉キャンパスで人ごみの中、KEIO ROWINGのトレーナーを着たボート部員を自分から探して声をかけ、パンフレットをもらいました。そのあとすぐに、当時女子部員を大大大募集していた野方さんに速攻で武蔵小杉でのご飯会に連れて行っていただいたことをよく覚えています。
入部当初「自分からボート部に入りたいなんて珍しいね、変わってるね」って何回先輩に言われたかわかりません。というか130期女子は私もゆみもまつこも全員自分からボート部の門を叩いているんですけど全員揃って変わってるのか、、???

でも、私がボート部への入部を決めた理由はゆみともまつことも違っていました。

私はボート競技にかっこよさを見出したからでも、早慶戦に魂が揺さぶられたからでもなく、「高校時代のヘタレな自分を変えたい」という一心でボート部に入部しました。
なので、最初の頃はボート競技の魅力は正直分からなかったというのが本音です。

高校時代は都大会ベスト8の好成績を収める、都内では強い学校と呼ばれるようなバレー部に所属していましたが、3年間ほとんど同期とコートに立った記憶はなく、大半の時間をスタメン選手がいるコートとネットを挟んで反対側のコートで後輩と球出しをして過ごしました。
仲間には恵まれ、明らかに実力が足りない私も自分なりに練習に真剣に取り組んで上達し、笑顔で引退することができました。

でも、引退から何ヶ月立ってもずっともやもやが消えることはありませんでした。
いくら後輩から、あおさんがいてくれて良かったとか、同期や顧問からあおは頑張っていたとか言ってもらっても、自分の中で何も納得がいきませんでした。

そんな気持ちを抱えたまま大学に入学し、母がボート経験者だったこともありボート部の話は幼い頃から聞いていたので、軽い気持ちで艇庫見学に参加しました。

そこでたくさんのボート部の先輩方と話をするうちに、体育会の中でも特殊なボート部の環境や、ハードなスポーツの代名詞でもあるボートの競技性を知り、ここでなら自分を変えられると強く感じました。
300日の合宿生活、男子と同じメニューの陸上トレーニング、山中湖合宿、長時間の有酸素運動…
ボート部に存在する全てが自分にとっては高すぎる壁に思えて何度も入部を迷いましたが、これらを乗り越えたらどんな風に自分が変わるのか知りたいという気持ちの方が強くなり、思い切って入部届けを出しました。

こんな経緯で入部して今年で四年目になりました。

振り返ると、ボート部での毎日はとにかく自分の弱いところと直面せざるを得ない日々であったと思います。

一年生の時の陸トレでは、ランが遅すぎて先輩にずっと自転車で横についてもらっていました。毎週末、同期の誰よりも走れないことが情けなく、ボート部に入ったことを何度も後悔しました。

さわこさんとダブルで出場した2年生のインカレでは、インカレ初日のレース中、ミドルスパート過ぎたところで漕ぎが乱れてしまい、明らかに水中が出せなくなってしまい、そのまま雪崩れるように入れたラストスパートもはまらず失速しながらゴールしました。
いつもは穏やかで感情的にならないさわこさんが、私を責めずに、でも静かに泣いていたことが今でも忘れられません。この時に下級生であることに甘えていた自分に気がつき、クルーの1人としての責任とやるべきことの大切さを身をもって知りました。

初めてクルーリーダーを務めた2年の新人戦では、後輩指導、自分の技術向上、安全面への配慮…と考えることが多すぎるあまりキャパオーバーしていつも顔に焦りや怒りが出ていたと思います。
私がそんな様子でも一生懸命練習に取り組んでくれた下級生には今でも感謝しています。

初めてエイトのストロークに乗った三年の早慶戦合宿では、先輩を後ろに漕ぐことへのプレッシャーと自分の体力不足で、隅田練の往路で死にそうになっていました。
コックスのりなさんには目の前で何度も励ましてもらって、助けてもらってばかりいました。

最後の早慶戦合宿では、9人中6人が隅田の経験がないクルーでの練習。合宿中から本番の発艇まで、あまりに不安要素があり過ぎて、ここでも毎練習毎練習必死でした。隅田の一発では何回怒ってしまったかわからないけど、それでも後ろから常に冷静にいてくれる4年や、声を出し続けてくれる下級生に救われました。

、、、
とにかく私は、入部した時から今まで自分の弱さをずっと見続けた気がします。
陸トレでしんどくてすぐ諦めてしまう自分
考えることがありすぎると心に余裕がなくなって、怖い顔ばかりしてしまう自分
クルーを信じられなくて、クルーの良いところを見つけられない自分

挙げたらキリがありません。

でも、毎日毎日自分の良くないところを知って、それにまた落ち込んだりまたやっちゃったなって思いながらも
少しでも変わろうと思い続けられたのは、「ボート部で日本一を目指す」という選択を、大学に入ったばかりのあの時にしたからです。

チームの中の立ち位置に甘んじて、チームメイトに頼りっぱなしだった高校時代の自分を
このボート部での4年間を経て良い方向に変えられているんじゃないかなと思います。
一年生の春に戻るとしたら、絶対変われるよって自分に伝えたいです。

でも、1人では絶対に、絶対にこの4年間は成り立ちませんでした。

特に最後の一年、女子部主将としての一年は
私自身が自分の弱さに躓きながらも、私の足りないところを補ってくれて、どんなに失敗しても支えてくれるチームのみんなに恵まれて
もうすぐなんとか終えることができそうです。

127期、128期、129期の先輩方
下級生の時、漕げない、体力ない、何もできないのないない尽くしだった私を見捨てずに、何度も話を聞いていただいたり、励ましてくださった先輩方。
戸田でも山中湖でも、水上でもシャッター前でもエルゴ部屋でも女子寮でも
いつも変わらずあたたかく、支えてくださいました。
今でも先輩方のような上級生になれているか、迷ったらいつもお世話になった上級生の顔が思い浮かびます。

男子部員のみんな
一緒に練習することはなくても、みんながシビアなメンバー選考の中でひたむきにボートに取り組む姿にいつも自分も頑張ろうと思わせてもらっていました。人数が少なく経験者もほぼいない女子部が、ぬるい環境に絶対にならないようにと常に思えたのも男子のみんながいたからです。

130期のみんな
すぐに自分の気持ちに振り回されてしまう私をいつも穏やかに、時にははっきりと意見を示して、常に隣で支えてくれたゆみとまつこ。
普段は一緒にいることばかりじゃないけど、心から頼りにしていました。
男子のみんなとは、意見が食い違うこともあるけど、入部当初の陸トレから始まりなんだかんだ言いつつ一緒に四年間過ごしてきたね。練習での関わりが減ってもボートへの真剣さはいつも感じていました。
あと7日、130期21人で頑張ろう。よろしく。

マネージャーのみんな
四年間、ずっとどんなときも支えてくれてありがとう。マネージャーがいないと選手は何もできません。いつも当たり前にやってもらっていることに甘えてしまっていたところもたくさんあったと思います。
悩んだ時、なんとなくマネ部屋にいってみんなに話を聞いてもらうとほっとしていました。
あと少しだけ、最後までお世話になります。

女子部のみんな
練習がうまくいかなくても、チームの雰囲気が悪くなっても、青木さんを必ず支えるからと言ってくれた3年生

素直で、ちょっと賑やかすぎる??笑けど誰よりも一生懸命でまっすぐでタフな2年生

動画を先輩に見せたり、乗艇後すぐにアドバイスを求めてきたり、今からすごく前向きに練習を頑張っているかわいい1年生

 

 

ここに書ききれないくらい、みんなに伝えたいことがたくさんあります。
ありがとう。

 

4年前に選んだボート部での大学生活、後悔していません。

最後に
監督、コーチ陣の皆様
四年間、本当にありがとうございました。
たくさんのご迷惑をおかけし、その度に声をかけていただき、今日に至ります。
最後は、先輩方から受け継ぎより強くなった端艇部、端艇部女子チームの全員で、結果で恩返しします。

最後のインカレは、3年生4人と付きフォアで出漕します。
伸び代しかないこのクルーで最後の一本まで成長し続けて、必ず勝ちます。
応援の程宜しくお願い致します!

次は兼杉、貴舩、栗野!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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